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欲望

2011/01/09 Sun 02:04



【欲望 BLOW-UP】

1966年/イギリス・イタリア

監督 : ミケランジェロ・アントニオーニ
脚本 : ミケランジェロ・アントニオーニ、トニーノ・グエッラ、エドワード・ボンド
撮影 : カルロ・ディ・パルマ
音楽 : ハービー・ハンコック
出演 : ヴァネッサ・レッドグレーヴ、デビッド・ヘミングス、サラ・マイルズ


【若くして人気写真家となったトーマスは、公園で逢引をしている男女を撮影する。ネガを譲ってくれと家まで押しかける女に代償としてヌードを撮らせてもらい、別のネガを渡す。本物を現像すると、そこには逢引相手と思われる男の死体らしきものが写っていた。】


ジェフ・ベックとジミー・ペイジがツインギターで「ヤードバーズ」というバンドをやっていたこともシーナ&ザ・ロケッツの名曲「レモンティー」がカバーだったことも知りませんでした。ビックリ。

60年代のロンドンという時代を映し出しているけれど、色褪せて見えないのは成功者であろう主人公がどこか虚無的で心ない様子だからなのかな。
華やかなモデル達や街中の喧騒にまぎれることによって、空虚さが浮き彫りになり、スウィンギング・ロンドンの只中、悠々自適なはずの彼だけが妙に希薄な感じがする。何だか空っぽ。
カメラマンとしての彼が、労働者に成りすまし撮った写真、公園の訳ありカップルの写真、当時の最先端であろうファッションのスタジオ撮影や本当に欲しているとは思えない骨董品のプロペラ、ライブ会場で奪い合ったギターネック等々、全てに興味があるようで全てどうでもよくなってしまう。
しまいには、仮構の世界と現実社会が入り乱れ、本当に実在するものは何なのかわからなくなる。
そもそも殺人が実際にあったのかどうかすらも。
童顔、甘いマスクでいけ好かない雰囲気のデヴィッド・ヘミングスが消費社会の申し子とでもいうような佇まいでピッタリ。
ジェーン・バーキンと一緒にいたギリアン・ヒルズがとても可愛い。

追伸 : アントニオーニとベルイマンが同日(2007年7月30日)に亡くなったのには驚いた。

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あっさり捨てられてしまうよ!Yardbirds Scene




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僕の心の奥の文法

2010/12/19 Sun 06:36



【僕の心の奥の文法】

2010年/イスラエル

監督 : ニル・ベルグマン
脚本 : ニル・ベルグマン
撮影 : ビニヤミン・ニムロッド・チラム
出演 : ロイ・エルスベルグ、オルリ・ジルベルシャッツ、イェフダ・アルマゴール、エヴリン・カプルン


【1960年初頭のイスラエル。第三次中東戦争前の一時的に平和な時期、ホロコーストの生き残りである父親と母親、好戦的な新世代の若者の中で孤立し、成長することをやめてしまう少年アハロン。思春期の心の揺れを寓話的に描く。】


ニル・ベルグマン監督とオルリ・ジルベルシャッツが登壇。 @第23回東京国際映画祭
この作品を観ている内に、十人十色とはいえ、子どもたちがおおよそ足並みを揃えるようにして成長していくことが何だか不思議に思えてくる。集団の中で行動をするということや慣例、環境なんかがそうさせていくのかな。
「おとなはだれも、はじめは子どもだった。しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。」という星の王子様にあった言葉を思い出す。
インテリ風の女性宅へこっそりと忍び込み、そこで見つけた今まで主人公の周囲には無かった芸術というものに触れていくけれど、子どもの遊び、秘密の隠れ家に最適の場所だっただけに過ぎないのではと思う。しかし、雑然としつつも皆が同一の方向へ進もうとしている時代の中で、ひょんないたずら心から足を踏み入れた場所が、アハロンの感受性を強くさせたのかも知れない。
頑なに成長することを拒んだのではなく、その繊細さによって、戸惑い、傷ついていている。かなり不器用ながらも家族はそれぞれにアハロンのことを思いやっていて何とも辛い。
英語の現在進行形(ヘブライ語には現在、過去、未来のみで現在進行形は無いそう)を「泡の中にいるみたい」と子どものままでいる自分に重ね合わせて、子ども時代のいたずらや約束をひとりで続ける映像がファンタジックで、居住地は雑多でありながら、その少し先にはまだ手付かずで壮大に広がっている風景たちがそれを助長。「アハロイング」って。

原作はデイヴィッド・グロスマンの小説「Intimate Grammar」

余談 : 同伴していたジルベルシャッツ(憧れのハスキーボイス)のお嬢さんが、パシャパシャ写真を撮りまくってて可愛らしかった。微笑ましい!

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キプール

2010/12/12 Sun 11:58



【キプール】

2000年/イスラエル・フランス・イタリア

監督 : アモス・ギタイ
脚本 : アモス・ギタイ、マリー=ジョゼ・サンセルム
撮影 : レナート・ベルタ
出演 : リオン・レヴォ、トメル・ルソ、ヨラム・ハダフ


【“ヨム・キプール"ユダヤ教贖罪の日、イスラエルにシリア・エジプト両軍が侵攻し、第4次中東戦争が勃発。救助部隊に加わった青年たちは、ヘリコプターで病院と戦地を何度も行き来し、負傷者を運び出し、見込みのない者をその場に置き去りにするという過酷な毎日を送る。】


主人公が閑散とした街を歩いている、中古の自家用車で友人と話しながら戦場へ向かう。劇的に戦争に引きずり込むのではなく、ごくありふれた日常の中に戦争があるということを改めて気付かされる。
恋人と過ごしていた場所の先には戦地があり、死傷した兵士たちがいる。
ただひたすらに負傷兵たちを看護し、担ぎ出し、ヘリコプターで運ぶ、その繰り返し。いくら繰り返しても終わりが見えない。隊員たちからは表情が消えていく。彼らの拭い去ることが出来ない疲労が痛いほど伝わり、観ている自分まで体験している気持ちになる既視感は戦闘シーンばかりの映画では決して味わえない。
疲れ果てた体を引きずり、気力だけでぬかるみの中、一緒に救出作業をしている気分。
何だかぐったりとして虚ろにになってしまう。怒りや悲しさなんかじゃなく、空しさばかりが心に残る。それが戦争なのかもしれない。
派手なアクションに焦点を絞っていたり、ヒロイックな主人公の戦争映画には嫌悪感があったりするけれど、この作品に出てくるのは普通の人々で、淡々と戦場での任務を黙々と続ける。妙な感情移入をさせず、現実感を持って戦争というものを伝えてくる。
あからさまに敵の姿を見せたり、背景や状況を説明したりすることが一切ない、ドラマを必要とせず、映し出される出来事のみで戦争そのもの、戦争に関わった人々のやりきれなさを感じて呆然とした。
ヘリコプターの音がまだ頭の中で鳴り響いていて、何だか体がだるい。

アモス・ギタイ自身の実体験に基づき、「具体的な出来事を簡潔に示すことで戦争賛美を避ける」

追伸 : ビデオ版の予告編がヒドイ・・・唖然!

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青春残酷物語

2010/12/07 Tue 09:50



【青春残酷物語】

1960年/日本

監督 : 大島渚
出演 : 桑野みゆき、 川津祐介、 久我美子、 浜村純、 氏家慎子、 佐藤慶


【見ず知らずの中年男を誘い、車で送らせていた女子高生の真琴。男にホテルへ連れ込まれそうになっていた彼女を助けた大学生の清と出会い、欲望のままに行動する2人が次第に堕落していく・・・。】


社会全体が不穏で、安保闘争や学生紛争が盛んだった時期に撮られた作品。
「ノンポリの学生を描いているけれど、感覚は全学連と全く通底している」との事で、心の中にある思いや感情は同じで、向かった矛先が違うだけ。
夢など持てない若者が満たされない思いを社会への反発、怒りとしてぶちまける。
愚かに見えるかも知れないけれど、心のくすぶりを建設中である街中の音やデモの様子、夜の闇が後押しする。
ぶっきらぼうで終始無表情な清が、踊っている時や海辺に二人でいる時にふと見せる笑顔をみて、あ、生きているんだなと思った。清自身は美人局をしている時に生を実感したのかもしれないけれど。
泳げない真琴を執拗に海へ突き落とし、必死で浮き上がろうとしている彼女と清の足元だけを写す、じりじりとした場面が印象的。
常に受身だった真琴が、どんどんたくましく見えてくる。   
真琴の姉たちは学生運動に挫折し、敗北した世代として対照的に出てくる。
姉の元恋人が自嘲気味に話す、やさぐれ感ときたら。全く落とし前をつけることが出来ていない。
「どうする?」「どうしよう」「何する?」「何しよう」自分を道具や売り物にせずに生きていくという術がみつからず、行き着く先はここしかない・・・か。   日本ヌーヴェルヴァーグ

余談 : ワンカットで撮られた、やりきれないような恨むような表情でりんごを丸々かじり終えるまでを映した圧巻のシーンを観て、ふと真似したくなったけれど、歯科医院に通い中なので6等分にナイフで切り、フォークをさして食べました。ただりんご食べたかっただけ?





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ゲームの規則

2010/12/02 Thu 15:59



【ゲームの規則】

1939年/フランス

監督 : ジャン・ルノワール
出演 : マルセル・ダリオ  ジャン・ルノワール  ノラ・グレゴール   ローラン・トゥータン
衣装 : ココ・シャネル

【人妻クリスティーヌを愛する飛行士アンドレ。愛人との関係を続けているラ・シェネイ侯爵。共通の友人オクターヴたち。別荘で催す狩猟に彼らが集い、密猟監視人シェマシェールと小間使いリゼット、密猟人マルソーも加わり、思わぬ悲劇に突き進む。】


DVDが500円で売っているなんて信じられない。@新文芸座
冒頭で「娯楽作品であり当時の風習を考証したものではない」と殊更表記しているから余計に強調されて、自ずとそんな眼で観てしまう。
何してるんだかと可笑しくなってしまうところに貴族階級の衰えが見え隠れする。
ミュンヘン協定と第二次世界大戦勃発の間に撮影されたものとの事。
通俗的な上流階級や召使たちの恋愛模様を中心とした群像悲喜劇。
後半、各々の思惑の交錯を表しているかのように、広い別荘の中を存分に活かして、それぞれが大きな身振り手振りで動き回り喋りまくり、時に追いかけっこしながら、フレームの中を連続して行き交う。
中心が次から次へと入れ替わる様子がテンポ良く、観ていてとても気持ちがよい。それぞれの動きが絶妙なタイミングで繋がっていくのが面白くて夢中になる。
勿論、コミカルなスラップスティックというだけではない。
生々しい狩猟シーンと喜び勇んでコートを片手に走っていく姿が重なり、「兎のように」死んで何事も無かったかのように収束されてしまう。ゲームとして楽しめなかった庶民の悲しさなのか。

ラ・シェネイ侯爵のオルゴール人形はからくり人形にお茶を運ばせて、客人をもてなしたりしていた日本の上流階級みたい。 からくり記念館面白かったな。ゲームに振り回される人々=からくり人形?

「恐ろしいのはすべての人間の言い分が正しいということだ」 ですよね・・・。

追伸 : ラ・シェネイ侯爵が『大いなる幻影』に出てくるユダヤ人の脱走捕虜とは!という事は成り上がり貴族。次に鑑賞する時は彼のゲームっぷりに注目して観なきゃ。

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